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ずぼら主婦のハッピーライフ🍀

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【しあわせになるためのルーティン】第五話 絶望の中の『夢のエン』

 

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とりあえず借金も建て替えてもらい、保険屋からは少しですが産休期間そして有給消化として給料ももらえ、夏場の間は前夫の給料もありで

何とか生活はしていけていました。3番目の子供が産まれて3か月。そろそろ仕事をしなければ・・・。

 

当時はまだ産休や育児休暇なんてものは田舎には浸透しておらず、産後は保育所に入れれるようになるまで(2歳とか3歳)母親か祖母が面倒をみるのが普通の地域でした。

 

 

そして友人のつてでパチンコ屋さんに夕方から閉店まで。土日祝日は休みという好条件で使ってもらえる事に。

 

最近まではパチンコ業界は高給の部類で、当時も当然高給扱いでした。

5時間の週5日のパート。時給は1000円でした。

 

 

若干!?店長がセクハラ店長で何かにつれさわりまくるのが玉にキズですが、土木の現場にしろ建築の現場にしろ

男職場を選んできた私にとって、まぁ容認できる範囲でした。

セクハラが私だけでなく女従業員全員がターゲットってあたりで、おかしな結束もできる位で笑えました(笑)。

もちろん男従業員も店長のセクハラのひどさは知っていました(笑)。

 

高校を中退してすぐ始めたのがパチンコ店従業員。以前は女職場独特の『グループ』の囲い込みが嫌でしたが

もともとパチンコが好きな私にとって、天職かと思えるほど楽しくやりがいのある仕事でした。

 

夜家を空ける事は少し心配ではありましたが、産まれたばかりの赤ちゃんを預かってくれるところはなく、住んでいた義両親の家は春から出る事に。

というのも、家にいても構わない(義祖父母が住んでいた家に義父が自分たちの住まい用に増築した家でお風呂以外は全部2世帯分あった上、義弟が更に増築したので広さは十分あった。)と言われていたんですが、

義弟が農家の後継ぎとして名乗りを挙げたため、義弟の世話にはならん。というのが前夫のプライドだったのでしょう。

これで春からは国保、年金。そして家賃光熱費と車の維持管理費すべてが年収180万円の夫の給料から捻出していかなければならなくなったのです。

唯一、前夫が家にいてよかったと思える事は

夜家を空けても子供たちの面倒はみてくれること。

そして冬の十勝。小学生になった子供たちはスケートの練習をしに行くようになりますが、前夫はホッケーが大好きだったらしく

子供たちのスケートの練習に毎日付き合ってくれることでした。スケート少年団の指導を頼まれて嬉しそうにしていました。

この時心底思いました。『酪農家になればよかったのに。』

そうすれば子供のスケートにも付き合っていけるし、生活は安定し、大好きな地域で私も子供たちも暮らす事が出来るのに。と。

私達の長男には大きなアザがあって、その治療はとても高額でした。それだけでなく、小さい頃からこの地域で育った長男の周りの同級生や下級生はみんな『翔にはアザがある』と物心つくかつかないうちに知るので

大きくなってもそれについて特に何の反応もなかったのです。

 

長男の治療の過程はこちらで。 

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前夫は長男なのでその権利!?はありました。しかし前夫は無職の期間が3カ月を超えたころ、義父が『牛、やるか?』という提案に

『おれ牛嫌い』

すごいですよね。好き嫌いだけで職業を選んで生きていけるとでも思っているんでしょうか?

扶養家族って扶養していかなければならないんだってわかってるんでしょうか?

『子供が小さいうちは家にいてほしい。』

一体どの口がそんな事言うんでしょうか?霞を食って生きていけるとでも思ってるんでしょうか?

両親、そして妻が牛の世話をして得る収入で居候。半年収入なしの生活が当たり前だと思ってるんでしょうか?

車の修理代の事を前夫に相談していた時。『いいべや親父に払ってもらえば。はるが家の仕事してるんだから。』

今の私なら『お前が働けよッ!』って言ってやる所です(笑)

不思議ですよね。私、前夫と喧嘩しなかったんです。もちろん相手が勝手に怒って口を利かないいわゆる【冷戦】はしょっちゅうでしたが、

喧嘩もせずにずっといたんです。(笑)まぁ、働いてくれとかお金がないとかそういう事は言ってはみましたが。

 

そうして、新学期。子供たちの学年が上がるタイミングで町内の小学校へ転校。引っ越しを済ませました。

まだ1歳にもならない3番目はとりあえず前夫と私で交代制でみることに。

大好きだった義両親と離れるのはとても淋しかったですが、義弟の嫁さんもちょっと変わっていた事もあり

初めての家族だけの生活はプライバシーに囲まれすぎて(笑)びっくりする位静かなものでした。

そして仕事の方は相変わらず楽しく、もう少し仕事の時間を増やしたいなとか思うようになりました。

しょっちゅうある【新台入替】や【イベント】。田舎の個人経営の小さなお店なのでお客さんもそんなに多くなく

店に来るお客さんはほぼ常連さん。だんだん店にもなれ、店員同士も仲が良くとても楽しい毎日になっていったころ。

わたしにとって人生で2回目の『夢のエン』が舞い降りました。

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大好きな義両親との数少ない旅行です。この頃がまだ前夫の事を多少なり尊敬していましたし、何より大好きだった義母と子供たちに囲まれて幸せでした。

義弟の結婚で双子同然だった姪も引っ越しました。一年位で家族ごとまた戻ってきましたが(笑)

この義弟の嫁がなかなかの曲者でした(-"-)しかし、跡を継ぎたいという義弟にNOと言えるわけもなく

私達が出ていくという形に。これはこれでちょっと傍目からは面白い出来事だったろうなとか今思います(笑)

 

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